日中は蒸暑い一日でしたが
夜の蒸暑さはありません
例年ならば
熱帯夜で蒸暑くって
エアコンなしでは眠れないのに・・・・
まあ〜過ごしやすいのでホッとしてます
これも異常気象のイタズラ???でしょうか

さ〜て今夜は いさはや よもやま話をいたしましょう
このいさはや よもやま話も今夜が最後です
諫早弁が解らない方は
諫早弁単語辞典を活用してくださいね
■いさはや よもやま話 フウリンで年取り(久山地区)
■今回は、ジーヤンとバーヤンが、米がなくても楽しく年を
越したという民話です。
さて、どうやって、年を越したのでしょう。
はじまり、はじまり…。
むかしね、あるところにジーヤンとバーヤンがいました。
毎日、田んぼや畑に出ては力をあわせていっしょうけんめい
働いていましたが、暮らしはたいそう貧しく、毎日の食べ物も
満足にありませんでした。
粟や麦のご飯に
漬物というのが普段のご飯でした。
それでもにこにことして、不満なぞ言わず、たいそう仲の
よい
夫婦でした。
ある年の末のころ、その年は米も不作で、ジーヤンは「もう
米のなかとの、餅もつかえじ、どがんしゅいろ(餅もつけない
がどうしよう)」とこまっていました。
バーヤンも「なんもなかとの、年ゃ越されんとの」とこまって
しまいました。
しばーらく考えていたジーヤンが「お寺からフウリンどま
借りてきて年どま越そう」と言うと、お寺からフウリンを
借りてきました。
年の晩になりました。
和尚さんはコウズ(小僧さん)に「年の晩じゃっけん、
もう年をとらせにゃでけんけん、フウリンな持ってこい」
と言いつけます。
コウズは、はいと言ってとりに行ったところ、そのフウリンを
「まいっとき(もうしばらく)貸してくいろ、年の晩じゃっけん」
と言って、ジーヤンは「一年に一度の年の晩、フウリンふって
ふい暮らせ」と唄いながら踊りだしました。
コウズは「フウリンなやらしゃい、和尚さんのしからすけん
(フウリンを返してください、和尚さんが叱ります)」と言う
のですが、ジーヤンはかまわずに「一年に一度の年の晩、
フウリンふってふい暮らせ」と踊るものですから、コウズも
とうとうつられて、
いっしょに踊りだしました。
それがとても楽しかったのでジーヤンとコウズとバーヤンで
フウリンを振りながらずーっと踊っていました。
お寺では和尚さんが「コウズのいっちょん帰って来んとの」と
待っていました。
あんまり帰りが遅いので、もう仕方が無いと、ジーヤンの家へ
行ってみました。
行ってみたところ、まあ、もう三人で座敷いっぱい踊ってま
わっているではありませんか。
それがまたなんとも、たいへん楽しそうで、ついつい和尚さん
までつられていっしょに踊りだしました。
ジーヤンが「一年に一度の年の晩、フウリンふってふい
暮らせ」と唄うと、和尚さんも「ほんなこてコウズが
来んとももっともじゃあ、フウリンふってふい暮らせ」
と唄って踊りました。
それでとうとうその年の大みそか、ジーヤンとバーヤンは
フウリンで年を越したそうです。 そいばっか。
■諫早史談会 川内 知子
■絵:中路 英恵さん
※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。
諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。