2007年07月29日

いさはや よもやま話 L

日中は蒸暑い一日でしたが
夜の蒸暑さはありません

例年ならば熱帯夜で蒸暑くって
エアコンなしでは眠れないのに・・・・

まあ〜過ごしやすいのでホッとしてます
これも異常気象のイタズラ???でしょうか exclamation&question

さ〜て今夜は いさはや よもやま話をいたしましょう
このいさはや よもやま話も今夜が最後です

諫早弁が解らない方は諫早弁単語辞典を活用してくださいね

■いさはや よもやま話

フウリンで年取り(久山地区)


■今回は、ジーヤンとバーヤンが、米がなくても楽しく年を
越したという民話です。
さて、どうやって、年を越したのでしょう。
はじまり、はじまり…。


むかしね、あるところにジーヤンとバーヤンがいました。

毎日、田んぼや畑に出ては力をあわせていっしょうけんめい
働いていましたが、暮らしはたいそう貧しく、毎日の食べ物も
満足にありませんでした。

粟や麦のご飯に漬物というのが普段のご飯でした。

それでもにこにことして、不満なぞ言わず、たいそう仲の
よい夫婦でした。

ある年の末のころ、その年は米も不作で、ジーヤンは「もう
米のなかとの、餅もつかえじ、どがんしゅいろ(餅もつけない
がどうしよう)」とこまっていました。

バーヤンも「なんもなかとの、年ゃ越されんとの」とこまって
しまいました。

しばーらく考えていたジーヤンが「お寺からフウリンどま
借りてきて年どま越そう」と言うと、お寺からフウリンを
借りてきました。

年の晩になりました。

和尚さんはコウズ(小僧さん)に「年の晩じゃっけん、
もう年をとらせにゃでけんけん、フウリンな持ってこい」
と言いつけます。

コウズは、はいと言ってとりに行ったところ、そのフウリンを
「まいっとき(もうしばらく)貸してくいろ、年の晩じゃっけん」
と言って、ジーヤンは「一年に一度の年の晩、フウリンふって
ふい暮らせ」と唄いながら踊りだしました。

コウズは「フウリンなやらしゃい、和尚さんのしからすけん
(フウリンを返してください、和尚さんが叱ります)」と言う
のですが、ジーヤンはかまわずに「一年に一度の年の晩、
フウリンふってふい暮らせ」と踊るものですから、コウズも
とうとうつられて、いっしょに踊りだしました。

それがとても楽しかったのでジーヤンとコウズとバーヤンで
フウリンを振りながらずーっと踊っていました。

お寺では和尚さんが「コウズのいっちょん帰って来んとの」と
待っていました。

あんまり帰りが遅いので、もう仕方が無いと、ジーヤンの家へ
行ってみました。

行ってみたところ、まあ、もう三人で座敷いっぱい踊ってま
わっているではありませんか。

それがまたなんとも、たいへん楽しそうで、ついつい和尚さん
までつられていっしょに踊りだしました。

ジーヤンが「一年に一度の年の晩、フウリンふってふい
暮らせ」と唄うと、和尚さんも「ほんなこてコウズが
来んとももっともじゃあ、フウリンふってふい暮らせ」
と唄って踊りました。

それでとうとうその年の大みそか、ジーヤンとバーヤンは
フウリンで年を越したそうです。 そいばっか。

■諫早史談会 川内 知子

 

■絵:中路 英恵さん

※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。
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2007年07月13日

いさはや よもやま話 K

台風4号が北上しています
まだまだ長崎への影響はありません

去年の台風13号の恐怖を思い出します
凄い暴風に雨戸が外れたのです ?????`?i???_???????j

夫は入院中で居ませんでしたから
シィちゃんと二人で窓を押さえてました

台風4号の勢力もニュースでは凄いようです
どうぞ大きな災害が起きませんように exclamation?~2

今日は いさはや よもやま話をしましょうね
今夜をいれて後2回になってしまいました

諫早弁が解らない方は諫早弁単語辞典を活用してくださいね
今回から諫早弁単語辞典のリンク先が変わりました

前回までのリンク先は携帯用のページだったそうです
パソコンに詳しくない管理人が書きましたので

こうした間違いも結構多いです
どこが間違っているのかを探すのもいいかもね ???[???i?????????j

今日は猿とカニのお話です
では はじまり〜・はじまり

■いさはや よもやま話


サッチョとツガネ(赤崎地区)


■今回は、サッチョ(サル)とツガネ(モクズガニ)が主役です。
ツガネのハサミには、なぜか毛がついているのですが、その謎を
とく(?)民話です。
はじまり、はじまり…。

あるとき、サッチョとツガネが仲良く道をあるいていました。
とても天気のいい日でした。

それだからでしょうか、サッチョが「きゅう(今日)は よか日和
のまい、餅どま作ろう」と言い出しました。

ツガネはすぐ「うん、よかとの」と大賛成。
さっそく、サッチョが「おさんな(あなたは)糯穂をふるい(拾い)
やい、おりゃ小豆穂をふるうけん」といいました。

ツガネは、いっしょうけんめい糯穂を集めます。
サッチョも小豆穂を拾い集めます。

もうだいぶたまりました。サッチョとツガネはさっそく、餅を
つきます。

ぺったん、ぺったん、たくさんの餅ができあがりました。
もう、とってもうまそうです。

ツガネがさっそく食べようとすると、サッチョが「まてまて」と
言いながら片っ端から袋につめはじめ、とうとうぜーんぶ入れて
しまいました。

そうして、その袋を担ぐとさっさと柿の木に登り、ひとりで餅を
食べはじめるではありませんか。

それを見たツガネは下のほうから「おいにもいっちょくれーんかん」
とおらび(叫び)ます。

ところが、サッチョは「いやーたい」と、ひとつもツガネに
くれません。

ツガネは何度も「おいにもいっちょくれーんかん」と言うのですが、
サッチョは「いやーたい」と返事するばかり。

そのうち「柿の木登って食ぶれば、うみゃーもんなー」と
みせびらかします。

それも柿の木を揺すりながら言うのです。
ところが、有頂天になってあんまり揺すっていたので、柿の木が
ポキンと折れて、サッチョは袋ごと地面に落ちてしまいました。

すかさず、ツガネは餅の入った袋をつかむと、一目散に巣穴へと
駆け込みました。

そうして袋から餅を取り出すと「穴んなきゃひゃーって(入って)
食ぶれば、うみゃーもんにゃー」と言いながら、うまそうに
食べます。
 
さあ、今度はサッチョが穴の上から「おいにもいっちょくれーん
かん」と言います。

ツガネは「おさんなくれんじゃったけん、おいもくれーんたん」
と、ひとりで食べます。

そこでサッチョは「わがの(あなたが)くれんないば、おいが
ウンコば、たいかくっじゃ(ひっかけるぞ)」とおどかします。

ツガネは「たいこもば、たいこみやい(ひっかけるならひっかけて
みろ)」といって相手にしません。

怒ったサッチョはバリバリバリとツガネの穴の中にウンコを
たいかけます。

でもツガネも負けてはいません。
この時とばかりサッチョの尻をはさみ棒でチリーッとねずみ
(つねり)ました。

サッチョはもうたまらず「あいたた、猿の毛三本くるっけん
離せー」。
 
ツガネの足に猿の毛がついているのは、そういうわけがあった
からだそうです。
 
そいばっか。

■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん

※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり 文句のひとつです

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させて
いただいてます。
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2007年06月30日

いさはや よもやま話 J

毎日 蒸暑い日が続いています
少し動くだけで汗がタラタラと落ちてきます・・・

今日はいさはや よもやま話をしましょうね
諫早弁 少しは理解できるようになったでしょうか ?O?b?h?i???????????j

諫早弁が解らない方は諫早弁単語辞典を活用してくださいね

■いさはや よもやま話

猟師重太夫と天狗(高来地域)

■今回は、山で狩りの仕事をしている重太夫という人の
お話です。
猪を獲りすぎて、山の神様がご機嫌を悪くしなければ
よいのですが…。
はじまり、はじまり。

昔、多良岳の山奥に重太夫(じゅうだゆう)という猪獲りの
名人がいました。

鉄砲撃ちの名人と評判で、もう九百九十九頭も獲っていました。
あと一頭で千頭になります。

ある日、今日は千頭目をしとめようと多良岳の奥へとやって
きました。

待ち場で猪が来るのを待ちます。
ところが、この日は待っても待っても、猪はやってきません。

それでもあきらめずに待っていると、目の前をちょこちょこと
通り過ぎるものがあります。

ミミズでした。
なーんにもすることがないので、ミミズが這って行くのを
だまーって見ていると、そのうしろからカエルがぴょんぴょん
跳ねながらやってきます。

そうしてミミズに追いついたかと思うと、ぱくりとそのミミズ
を飲み込んでしまいました。

ほーっ、と見ていると、そのカエルのすぐ後ろには蛇がやって
きていました。

そうしてミミズを飲み込んだばかりのカエルにおそいかかると、
さっとひと飲みに飲み込んでしまいました。

そのすぐあとです。こんどは猪がやってきました。

もう、目の前に猪がいるのですが、重太夫は獲るのを忘れた
ように、じーっと蛇と猪を見ていました。

と、猪はおいしいごちそうを見つけたとばかりに、その蛇に
襲いかかり、ぱくりと口にくわえるとおいしそうに、
むしゃむしゃと食べてしまいました。

すぐそばにはごちそうを食べ終えたばかりの猪がいます。

重太夫はこれが千頭目だ、と鉄砲を構えました。構えながら
考えました。

「こい(猪)をおいが撃ったいば、次はおいたいね…」
 重太夫はなかなか撃てません。

とうとう撃つ気をなくしてしまいました。

この猪を撃つと次は自分が食われるかもしれないと、そーっと
あたりをうかがいます。

「はははは、ははははは」と笑い声が聞こえます。

上のほうからです。びっくりして声のするほうを見ると、高い木
のてっぺんのところに天狗さんがいるではありませんか。

重太夫は恐ろしくなり、思わずしりもちをついてしまいました。

天狗は「重太夫、よく考えたな、さすがは名人と言われた者だ」
と言うと、さっと姿を消し、見えなくなりました。

 重太夫は、「これはきっと天狗さんが自分をためしたのに違いない。

もし猪を撃っていたら天狗さんにやられていただろうなあ」と、
それから猪を撃つのをやめてしまいました。そいばっか。


■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん

※このお話は、小長井地域にも伝えられています。
※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させて
いただいてます。
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2007年06月22日

いさはや よもやま話 I

朝から嘔吐下痢症のまなちゃんを預かりました
朝は元気がなかったのですが

時間が経つと元気さを取り戻してきました ???[???i?????????j
病気の時は機嫌が悪いし元気がないので

バァバとしては何も出来ずにいました
バァバの傍を離れてくれないのです ????????

いさはや よもやま話をしましょう

今日は宗方地区のお話です
では はじまり、はじまり〜

またまた諫早弁単語辞典を活用してくださいね

■いさはや よもやま話

へへのじゅう(宗方地区)

昔、一人息子がいて、もう嫁御をもたせなければ、と親が
嫁御探しに隣村に行ってみました。

ちょうど畑に働き者の娘さんがいて、この娘さんを嫁に
もらえないかと口をきいてもらいました。

ところが娘の親は「喜ばしいことないどん、うちの娘はヘン(屁)ば
へっけん嫁御にゃくいられん」と返事。

息子の親はおかしなことを言うものと
「ヘンはだいでもへっけんよか」
「そう、ようごんすかん(いいでしょうか)」
「よかないば くいてくいござい(ください)」

ということで娘を嫁にもらってきました。

この嫁の働くこと働くこと。
よい嫁をもらったと息子の親はうれしくてたまりません。

それから2,3日たったときのこと、家の屋根の葺きかえを
しようということで、息子は縄を綯います。

母親は牡丹餅を作ろうと、嫁と黄な粉をひいていました。

だいぶ黄な粉をひいたころ、嫁がもじもじします。

母親が「どがんあっとかん」ときくと、嫁は「どぎゃんもごんせん」
て言う。

それでも「どがんじゃいろ色の青かよう、腹の痛かか?」と言うと
「いんに どぎゃんもごんせん」。

それでもおかしいので「なし そがんしとっとかん」ときくと
「あのう ヘンばへろごとあっ」て言うので

「おっとう そがん こらえんちゃ へればよか」と母親が言うと
「そんならごめんなさい」と嫁は屁をへります。

そうしたところその屁の太うして太うして、ひいた黄な粉は
みーんな飛んでしまい、母親の鼻から目からいっぱいつまって
しまいました。

婿はと見ると、飛ばされて、綯った縄のなかにがんじがらめになって
「うーんうーん」うなっていました。


母親はあきれて「こがん太かヘンないば どがんしょうもなか、
働き者ばってん帰さんば」と残念に思いながら帰すことにしました。

翌朝、婿が嫁を連れて行く途中、なにやら人だかりがありました。

近づいてみると大きな梨の木のそばに立て札があり、「この梨を
あやした(落とした)者に千両やる」とのこと。

梨は、てっぺんにたったひとつ生っていました。

殿様の薬ものというのです。

まわりの者たちは石を投げたり、棒でつついたりしますが一向に
落ちません。

それを見た嫁さんは「おいがヘンであやしてみゅうだいえ」と
トーンボして(お尻をつきだして)太いヘンをへります。

すると梨がコテンとあえました。

嫁さんは褒美に千両箱をもらいました。

婿さんはそれを担ぎながら、「こいは おいがヘンとじゃなかけん、
嫁がへったヘンとじゃっけん、おいんとじゃなかもんね、おりゃ

持ってにゃ帰られんもんね」と考えながら、嫁の家の近くまで
来ると「こりゃまた連れて帰ろう」と嫁御もろとも千両箱を
抱えて帰り、一生安楽に暮らしました。そいばっか。

■諫早史談会 川内 知子

 
■絵:中路 英恵さん

※「へへのじゅう」は「おならが出る〜」とい う意味の諫早弁です
※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり 文句のひとつです

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させて
いただいてます。

 
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2007年06月11日

いさはや よもやま話 H

いさはや よもやま話をしましょうね
今日は有喜地区のお話です

今日も諫早弁単語辞典を活用してくださいね

では はじまりはじまり〜

■いさはや よもやま話

えびの腰曲がり(有喜地区)

■今回は、漁業の町「有喜」に伝わる「エビの腰が曲がって
いるのはなぜ?」というお話です。

 
昔、大きな鳥がいました。
もう、ものすごーく大きな鳥で、山やら田んぼの上やら、
ひゅんひゅん我が物顔で飛びまわっていました。

なにしろ、まわりの鳥や獣たちが、みーんな自分よりも小さいので
「おいよい太かもんな おらん(私よりも大きいものはいない)」
「おいよい太かもんな世界中におらん」と言いながら、いばって
飛ぶのです。

ある日、「もう、山は よかしこ さるいたけん よか(十分まわった
のでもうよい)」と海へやってきました。

大きな鳥は海の上をどこまでも飛んでいきましたが、ずーっと飛んで
いたので、そのうち疲れてきました。

どこか休むところはないかと海の上を見ると、なにやら木のような
のが流れています。

「おー、ちょうど よかとのある」と、その木のようなものに止まりました。

すると「おいが髭ん上に座っとっとは だいかん(誰だ)」と怒った声
がします。
大鳥はびっくり。それは木ではなくて、エビの髭だったのです。

「おっとろーし、髭って、エビの髭って、おいが一番て思うといたいば、
とー、おいよい太かとの おったいねー、おさん(あなた)にゃ負けた」
と言って、大急ぎで山の方へと帰りました。

すると、こんどはエビが自慢して「おいよい太かとは おらんばいね」
といばって、海の中いっぱい、上やら下やらそうついてさらきます。

そうやって、あんまり動き回ったので疲れてきました。
一息つこうと、どこか休むところはないか、あたりを探します。

ありました、ちょうど体がすっぽり入るくらいの穴がありました。
エビはさっそくその中に入り、「きゅう(今日)は、あちこち
さらいたいどん、やっぱいおいが一番太かったね」と休んでいると、
「おいが鼻ん中、だいかん」と声がします。

エビが「なんな?」と目をきょろきょろさせると、「アクセーン!」
とそれはそれは大きな音がしました。

と思うと、エビはポーンと吹き飛ばされ、なんと、大きな岩に当たって、
腰をひどく打ってしまいました。

それからというもの、エビの腰はずーっと曲がったままです。

エビが休もうと入っていたのは赤エイの鼻の穴の中で、エイの
くしゃみで飛ばされたのだそうです。
 そいばっか。

■諫早史談会 川内 知子

 

■絵:中路 英恵さん

※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。

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2007年05月06日

いさはや よもやま話 G

久しぶりにハチさんの独り言のブログに書き込んでます
と言っても・・いさはや よもやま話をしましょう

今日で8回目になります
諫早市小長井町のお話です

今日も諫早弁単語辞典を活用してくださいね

では はじまりはじまり〜

■いさはや よもやま話

ゴマと殿様(小長井地域)


昔、小長井の遠竹には、鶴田遠江守という殿様がいました。

ある年の秋、畑にゴマがたくさん育っていたころ、となりの敵が
攻めてきました。

敵はなかなか強く、しかたなく殿様はゴマ畑のなかへ隠れました。

ところがこのとき、殿様の目にゴマがささり、びっくりした殿様
は思わずゴマ畑のなかから立ち上がってしまいました。

殿様を探していた敵は畑の中からあらわれた殿様を、それっと、
つかまえてしまいました。

殿様はたいそう怒って、自分が捕らえられたのはゴマのせいだ
から遠竹では今後、ゴマを作ってはならないといいました。

そのときから、遠竹ではゴマを作らないようにしていました。

それから何年もたったころ「ゴマんせいで殿さんの負けたって
いうとは迷信たい」といって、ある男がゴマを作りました。

秋になり、ゴマは大豊作。男は得意になっていました。

そしてこの年は米もよくとれました。

もう男は大喜びで俵に米を詰めます。
 
何俵もの米俵をしめている最中のことです。

足にぐさり、と何かがささり大怪我をしてしまいました。

見ると俵のなかに鎌があるではありませんか。

男はそれを見てびっくり。

「やっぱいゴマば作ったけん罰んあたったとばい」といったそうです。

それからまた、だいぶたったころ、遠竹に嫁さんがやってきました。

働き者の嫁さんで、朝早くから夕方の、もうお日さんが沈むころ
まで畑に出て鍬を振るっていました。

嫁さんは畑を打ちながら、ここではどうしてゴマを作らないのか
不思議がっておりました。

あるとき、まわりの者からゴマを作ったせいで罰かぶった話を聞き
ますが「そがんことのあるもんね」と、一向に気になりませんでした。

そして、今度は、自分が作ってみようと思い立ち、さっそく、
里からもってきたゴマをまきました。

秋になりました。

ゴマは大豊作です。

嫁さんは、それを見て「ほら、やっぱい作ってよかったー」と大喜び。

ところが、ゴマを刈った翌日のことです。

朝、目をさました嫁さんは、なにやらいつもと様子がちがうなあ
と思いながらあたりを見まわしました。

あーっ、なんと片方の目が見えなくなっているではありませんか。

もう嫁さんはびっくり。

どうしたことかと悲しんでいると、村の人たちが「ゴマば作った
けん罰んあたったとやろ」とうわさしあっているのが耳にはいりました。

それを聞いた嫁さん。

ゴマを作らなければよかった、とたいそう後悔しました。

それからというもの遠竹では、ゴマを作ると不幸があるとして
誰もゴマを作らなくなりました。

そいばっか。


■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん

 

− この民話が伝わっている遠竹本村では、言い伝えを守り、今でもゴマを作っていないそうです。− 

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させて
いただいてます。
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2007年04月22日

いさはや よもやま話 F

今日は朝から雨が降りお昼からは一時的に強い雨が降りました
本明川を見ると水かさが増していました

諫早は地理的に大雨になりやすいのだそうです
長崎県央に位置する諫早に多良岳という山があり

多良岳が雨雲を停滞させているのではないかと
いわれています

今日は雨が降りましたのでゆっくりしてました・・・・
それで今日は諫早のよもやま話をするとしましょう

今日も諫早弁単語辞典を活用してくださいね
では はじまりはじまり〜


■いさはや よもやま話

山姥(森山盛地域)

昔、あるところに、お母さんと三人の幼い子どもたちが暮らして
いました。

ある日、お母さんが庄屋さんのところへ米つきに行った帰り、
土産の握り飯を持って山道を歩いていると山姥が追いかけて
きます。

そして、「握り飯をやれ」と言うとみーんな食べてしまいました。

それでもまだ足りなかったのか、とうとうお母さんまで食べて
しまいました。

そうして山姥はお母さんになりすますと、子どもたちが待って
いる家へやってきました。

山姥は「今帰ったばい」と外から声をかけます。

それを聞いた一番年かさの男の子が「おっかさんの声じゃなか」
と言いました。

山姥はあわてて声をつくりました。

男の子は、今度は戸を少しあけて「手ば見せてくれろ」と言います。

山姥が手を出すと、がさがさしていました。

「おっかさんな こがん手はしとらん 」。

そこで山姥は白い泥を手に塗り、ようやく家に入ることができました。
 
その夜、子どもたちが寝ていると、ぶりぶりと音がします。

お母さんが何やら食べているのです。

男の子が「なんば噛みよっと」ときくと、「庄屋さんのとこで
もろた漬物」と言うので、「おれにもかせやい(食べさせて)」
とひとつもらいました。

それは、よく見ると一番下の弟の指です。
 
さあたいへん、やまんばだ〜。

男の子はすぐ下の弟を起こすと、小便にと外へ出ました。

そうして一目散に逃げます。

山姥は子どもたちを待っていましたが、あんまり帰ってこない
ので外へ出てみると、どこにもいません。

すぐに「あいや どこさん いたろか」と追いかけます。

子どもたちは走って、走って川のほとりまできました。

川は大きくて渡れません。

ところが、ちょうどそばに木があったので、それに登りました。

山姥が追いついてきました。

川の中に子どもたちの影が見えます。

「よーしっ」と山姥は家から籾卸(籾とごみをえり分けるざる)
を持ってくると、川の中の影をすくおうとします。

でも「あら ちょんもった あら ちょんもった」とちっともすくえません。

それを見ていた弟は、くすくす笑ってしまいました。

山姥は声に気づいて、とうとう木の上にいる子どもたちを見つけると
登ってきます。

もう追いつかれそうです。

子どもたちは「天の神さん助けてください みぞか(かわいい)
ないば金の鎖を にっか(憎い)ないば縄の鎖を」とお願いしました。

すると天から金の鎖がおりてきたので、子どもたちはそれに
すがって(つかまって)するすると天へ上っていきました。

それを見ていた山姥も「みぞかないば金の鎖 面にっかないば
縄の鎖」とお願いすると、縄の鎖が降りてきました。

山姥はそれにすがって天へと上るのですが、途中、縄はぷつんと
切れてまっさかさまに落ちてしまいました。

落ちたところは黍畑で、黍の根が赤いのは、この時の山姥の血が
ついたものだそうです。

そいばっか。

■諫早史談会 川内 知子

 

■絵:中路 英恵さん

※山姥は、女の姿をした山の妖怪です。
山姥の昔話は、諫早市内各地に伝えられています。
今回は、その中でも森山地域に伝えられているお話を紹介
しています。
※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。


諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させて
いただいてます。
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2007年03月27日

いさはや よもやま話 E

今夜は いさはや よもやま話をしましょうね
では はじまりはじまり〜

今日も諫早弁単語辞典を活用してくださいね

■いさはや よもやま話

ふうけむこさん(久山地区ほか)

むかしね、若い婿さんと嫁さんがいました。嫁さんは働き者の
よい嫁さんなのですが、婿さんはちょっとばっかり ふうけた
婿さんでした。

 
あるとき、嫁さんの里に手伝いに来てくれというので、婿さんが
出かけました。

嫁さんの家では田んぼの仕事で大いそがし。

婿さんもいっしょうけんめい手伝いました。

仕事が終わると嫁の親さんは団子をたくさーん作って食べ
させました。

婿さんはそれがとてもおいしかったので、うまそうに食べます。

おなかいっぱい食べると「こりゃ なんていう もんじゃろか」と
たずねました。

親さんが「こりゃダゴ(団子)って」といいました。

婿さんは「そう、ダゴっていうもんばいね」というと、戻ったら
嫁さんに作ってもらおうと思って、帰るときには「ダゴ、ダゴ、
ダゴ……」と忘れないように、ずーっといいながら歩いていました。

その帰り道には、ちょうど真ん中あたりに川があって、飛び石の
渡しがありました。

それを飛んで渡るのですが、婿さんはそこに来ると、「ピントコ」
といいながら渡りました。

ところが石がいくつもあるものですから、「ピントコ、ピントコ、
ピントコ……」といって渡ってきました。

だものですから、家に帰ってきたときにはダゴはもうすっかり忘れて、
嫁さんに「かか、おれピントコしてかせろ(俺にピントコを作って
食べさせてくれ)、うまかったじゃ」というではありませんか。

嫁さんはピントコなんて聞いたこともなかったので、
さっぱり分かりません。

「ピントコはない(何)じゃろか」「ピントコはわがえの親の
してかせたたあ、そいけんピントコをえんちもせろ(ピントコは
おまえの家の親が作って食べさせてくれたじゃないか、だから
わが家でもつくってくれ)」というのです。

嫁さんがなかなかわからないので婿さんは「うまかとの、丸かったい」
と話してきかせるのですが、いくら話しても嫁さんには何のことやら、
さーっぱり見当がつきません。

とうとう嫁さんが「おりゃピントコは知らん」というと、婿さんは
「なしわからんとかね」と火ふき竹でポッと嫁さんの頭を
たたきました。

すると嫁さんの頭にポコッとコブができました。

まーるいコブです。

嫁さんが「とーろしか、ほんにダゴのでくっごと(まるで団子が
できたみたい)」というと「うーん、そのダゴ、ダゴたあ」と
婿さんはようやく思い出しました。

「おっとーダゴやったとばいね」と嫁さんはいうと、婿さんに
団子を作ってやりました。
 
そいばっかい。


■諫早史談会 川内 知子

 

■絵:中路 英恵さん

 

■「とーろしか」は、驚いたときなどに使われる言葉です
■「そいばっかい」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです


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2007年03月17日

いさはや よもやま話 D

きょう諫早弁の検索で諫早弁単語辞典にたどり着きました〜
それで諫早弁単語辞典を活用して

いさはや よもやま話を読んでみてくださいね ???[???i?????????j
河童とにぎり飯というお話です

では、はじまり〜はじまり〜


■いさはや よもやま話

河童とにぎり飯(飯盛地域)

昔、江ノ浦川にはおそろしい河童が、すんでいました。
泳いでいる人のしりの巣を抜いては、たいそう困らせて
いたのです。
 
夏になると、水遊びをしていて、この河童にしりの巣を抜かれた
子どもが浮かんでいたこともあったそうです。

ある夏の日、近くに住む一平という男の子が家で留守番を
していました。

一人での留守番はたいくつでしかたありません。
そこで、一平は江ノ浦川へ泳ぎに行くことにしました。

仏壇のお仏飯をにぎり飯にして腰に下げると、勇んで
江ノ浦川へ向かいます。

川に来てみると、もう子どもたちが何人も泳いでいて、
楽しそうに遊んでいます。

一平もすぐに川に飛び込むと、一緒になって泳ぎまわりました。
どれくらい遊んでいたのでしょうか。

どこからか「助けてくいろ」と声がします。

声のするほうを見ると、小さな子どもたちが「河童ん出たー」と
おめき(大きな声で叫ぶ)ながら走って逃げまどっています。

一平もすぐに逃げようとしたのですが、河童にいまにも捕まえられ
そうな、小さな子どもがいるではありませんか。

その子どもを見捨てては行けません。
勇気を出して一平は、大急ぎで河童のほうに泳いで行きます。

小さな子どもはもう、しりの巣を抜かれそうです。
一平は必死になって、河童に「おいのしりん巣を抜いてみろ」とおめきます。
 
河童はすぐ子どもを放して、一平のほうを向きました。
見ると、目はつり上がったようで赤く、まるで鬼のようでした。

それでも一平はなんとか子どもを助けようと河童に向かって行きます。
一平と河童は水の中で取っ組み合いになりました。

一平は、もう懸命に力を出すのですが、河童はたいそう強くて、
かないません。

もうだめかもしれないと思った時、腰に下げたにぎり飯が手
に当たりました。
一平はそれをつかむと、もう夢中で河童の口の中へねじ込みました。
 
すると、どういう訳か、河童は苦しみ出すではありませんか。

手足をバタバタさせ、そうしてとうとう一平から離れると、
川の下のほうへと流れていってしまいました。

それからというものお仏飯を持っている子どもには、河童は
決して近づかなくなりました。
 
そいばっかいばんねんどん。


■諫早史談会 川内 知子
(参考文献/飯盛町郷土誌)

■絵:中路 英恵さん

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。
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2007年03月04日

いさはや よもやま話

諫早の方言で書かれた『いさはや よもやま話』を
またまたご紹介しましょう

昨年の4月から諫早市の市報に載せられています
今までの分がありますので月2回のペースで紹介していきます

前にもお話しましたが
北九州市出身の私には耳で聞くと分かることば
読んでみると解らないものです

でも諫早出身の人には懐かしく感じるのでは exclamation&question

では 諫早のよもやま話のはじまり、はじまり〜


■いさはや よもやま話


ず〜しの好きな和尚さん(小野地区)


 昔、あるところに和尚さんとこうず(小僧)さんがいました。
和尚さんは大のずーし(雑炊のようなもの)好き。
それでこうずさんは毎晩、ずーしのご飯を炊かなければなりませんでした。
 
 ところが、こうずさんはずーしが嫌いでまた今夜もずーしかと思うと、
どうにかして和尚さんが、ずーしを食べなくなる方法は
ないものかと考えました。
 
 そこで、こんどは辛く炊いてみようと思いつきました。
辛かったら喉が渇くでしょう。
そうしたら、和尚さんはきっとお茶を飲みたくなります。
こうずさんは、お茶はくぁんす(薬缶)にも入ってない、はんずがめ(水甕)
にも水の入ってないように、ぜーんぶ空っぽにしておきました。
 
 さーてその晩、和尚さんはずーしが大好きだったので辛かったので
すがやっぱりたくさん食べてしまいました。
 
 しばらくすると、和尚さんはもう喉が渇いてきました。
そこでお茶を飲もうとしたところ、薬缶にはお茶は入っていません。
はんずがめも開けてみたのですが、それにも水は入っていません。
みーんな空っぽでした。
「おっとーこうずは水も甕に汲んでないこりゃたまらん」もう
カワ(井戸)に行って飲むしかないと、和尚さんは急いで
カワのところへ来ました。
 
 ところがカワに来てみると、そばに何やら真っ白いものが立っていて、
それが「私はカワの神だ。この夜中に来たのは誰だ」と言うでは
ありませんか。
和尚さんはびっくり。
「おっとーどうしよう。こうずがずーしを辛く炊いたもので喉が
渇いてたまりません。
どうぞ水をいっぱい下さい」と頼みました。
すると、「だめだ」とカワの神さんが言います。
 
 和尚さんは「そう言わないで水を飲ませて下さい」と頼みました。
でもカワの神さんは「いいや、だめだ」と言うばかり。
 
 いよいよもって喉が渇いた和尚さんは「もうどうにもこうにも
苦しくてたまりません。
水を飲ませてください」と一生懸命頼みました。
 
 すると、カワの神さんは「もう、ずーしを食べないならば
飲んでもよい」と言うので、和尚さんは「もうずーしは食べま
せん、ずーしのずとも言いません」とカワの神さんに約束
しました。
 
 これで和尚さんはやっと水を飲むことができました。
じつは白いものはこうずさんで、白い布をかぶってカワの神さん
になりすましていたのです。
 
 そいばっかいばんねみどん。

 

(※昔話には始まりと終わりに決まりの言葉があります。諫早では
「むかしね」がはじまりの「そいばっかいばんねみどん」は
「これでおしまい」といった決まり文句のひとつです。) 
 

■諫早史談会 川内 知子

(略歴)諫早史談会会員。民俗を専門とし、現在、干拓資料館 主任・学芸員。日本民具学会会員など。


■絵:中路 英恵さん


諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。
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2007年02月21日

諫早のよもやま話

今日のまなちゃんは保育園に行った時も
バイバイと言って手を振ってくれた ホッ ???[???i?????????j

寝るときも『今日も泣かなかったよ ?O?b?h?i???????????j 』
とたくましくなってきたな〜 ???[???i?????????j

いいぞいいぞ ?O?b?h?i???????????j このまま里心が出なければね〜

では、諫早のよもやま話をするといたしましょう


神さんになったおふじ(久山地区ほか)

■今回は、「正直の頭(こうべ)に神宿る」(正直な人には神様の
ご加護がありますよ)というお話です。
はじまり、はじまり……。

 

むかしね、ある金持ちさんの家におふじというアンネ(女中さん)
がおりました。
そのおふじが、ご飯を食べるとき、どうしても仲間のみんなと
いっしょに食べません。
そうして、みーんな寝てしまってから、一人だけでご飯を食べていました。
みんなは「こりゃ おかしなもんにゃ」と思って「あんたはなし
ご飯な いっしょに食べず、晩遅うに食ぶんね」ときいてみました。
おふじは「みんなが食べさしの 残いのあっとのもったいなかけん、
よかとこばとって おじやにして食ぶっ」といいます。
それをきいた旦那さんは「おとーろしか、まあだ子どんが そぎゃん
まで思うとは、こりゃ普通のたましいじゃなか」と感心していました。
 あるとき、「おふじー、今夜はね こん種火ば消やさんごと しとかんば
ばいね」といいつけました。
ところがおふじは ついつい眠ってしまいました。
夜中、目をさますと、種火が消えてしまっています。
おふじは「種火の のうなっとっとの どがんしゅいろ、旦那さんに
どがんいえば よかいろ」と困りはてました。
なかなか思案が浮かばず、もうどうしようかと外へ出てみると、
むこうからヒカーヒカーと灯りをつけて誰かがやってきます。
おふじはそれを見ると、種火をもらおうと近くへ来るのを待って
いました。
近づいてきたのは葬式の行列でした。
おふじは「もうしょんなか、どがん火でん もらわんば」と種火を
わけてくれるようにたのみました。
行列の人は「くるっとは よかいどん(あげるのはよいが)、種火ば
もらえば、こん死人ももろてくれんば」といいました。
おふじはどうしても種火がほしかったので、もう仕方がなく
「あいば(それなら)もらおう」と死人ももらうこととしました。
棺桶は見つからないように庭の隅にゴザをかぶせておきます。
翌朝、旦那さんがやってきました。
庭を見ると「おふじー、ありゃなんな」とたずねます。
おふじがだまっていると「おふじー、きらきらしよっとの、あいは
なんな」とまたきいてきました。
仕方なく「あいはお棺です」といって、種火を消してしまったことから、
種火をもらうために死人までもらったことを話しました。
すると旦那さんは「あいば開けてみろ、そん棺ば」と、おふじに
棺桶を開けさせました。
開けてみると、なんと死人ではなくて大判小判がきらきらといっぱい
入っていました。
旦那さんはそれを見て「こりゃお前に神さんのさずけとらすと、
こりゃお前のもん」とおふじにいいました。
ところがおふじは「そいはいらんけん、お堂のほしか」というので
旦那さんはお堂を造ってやりました。
お堂ができました。
旦那さんが「おふじー、お堂のでけたとの はよ 行たてみろ」と
いうので「はーい」といってお堂の中へ入るとそのまま神さんに
なってしまいました。
旦那さんは「おふじはやっぱい普通のもんじゃなかったとね」と
手を合わせました。
そいばっか。


■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん


諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。
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2007年01月31日

諫早のよもやま話

おもしろい諫早のよもやま話をまたまたお聞かせしま〜す


■いさはや よもやま話


二日や一つ(赤崎地区) 



 

■今回は、諫早に伝わる「二日やーつ」という風習のお話です。
 はじまり、はじまり……

 

むかしね、若い孝行息子がいました。
お母さんが病気で「もう暇乞い(お別れ)かもしれんけん娑婆と
冥土(この世とあの世)の別れの水のほしかとの」と息子にたのみます。

息子は「そんなら、見つけて もろて来っけん」と旅に出ました。
それは八月二日の日でした。
 
ずーっと歩いていくと夜になり、宿にとめてもらうこととしました。
そこには同じ年くらいの若者がいましたが親不孝者でした。

宿のお母さんは「ほら、こげん親孝行で旅しよらす人のおらすとの、
おまや親不孝ばっかいすっ」となげきます。

するとその親不孝者の若者が「そいならおいもつんのうで
(連れ立って)行こう」と言い出しました。

そうして二人の若者は山を越え、野を越えて行きました。
ところが、途中、宿の息子は腹がせきだして(痛くなって)、
とうとう倒れてしまいました。

孝行息子は困りましたが「帰りにはどがんなっとん(どうにか)
してやらんば」と思い、草をかけておいて、ずーっと登って
行きました。

わかれ道のとこへ来ると、真白い髭のおじいさんがいました。
孝行息子はそのおじいさんに「お母さんの病気で、娑婆と冥土

の別れ水のほしかて言わすけん、なんしても(どうしても)
そん水のあっところを教えてください」とたずねたところ

「そうか、そんならこけ、こいだけあっけん、持って行たて
飲ますればよかけん」と小さなびんをわたしてくれました。

孝行息子はよろこんでお礼を言い、戻っていると、途中で
倒れた若者がその水を欲しがって取ろうとしました。

それでなんと、みーんなこぼしてしまいました。
もう孝行息子は途方にくれて「こりゃもうせっかくもろた水の、

どがんすればよかろかにゃ、なんにしてもまいっぺん
(もう一度)、あすこに行たてすがってみゅう(頼んでみよう)」
と思って、来た道を戻ります。

そうしておじいさんにわけを話し「もうなかでしょか」
とたずねると「もうなか、そいでん帰って行きおれば草の

生えとって、その草ばかがって(刈りとって)いけば、
お前の帰る時分には枯るっ。

そいば手でもんでお母さんの痛かところにつけて、やーつ(灸)をすえてみろ」と言いました。
 
孝行息子はそれを聞くと、急いで草をかがって、持って帰ります。
家に届いたのがちょうど二月二日でしたが、もうお母さんの
死んでしまっていました。

孝行息子はたいそう悲しんで、それでもようよう持ってきたからと、
その草をもんでお母さんの背中につけて、やーつをしてやりました。

そうしたところ、お母さんが生き返ったそうで「ほんにお前は
孝行息子たいね」と喜んだそうです。
 
それからは二月二日と八月二日にやーつをすえると、丈夫になり
長生きするということです。
 
                       そいばっか。


■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん

※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。

諫早市役所が発行している市報の中の話を掲載させていただいてます。
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2007年01月11日

諫早のよもやま話

私は長崎県諫早市に住んでいます。

私は北九州市の出身なので諫早弁での よもやま話は
よく読まないとわかりません。

その面白さをみなさんにお伝え出来たらと思って
諫早市役所は発行している市報の中の話を掲載させて
もらいました。


■いさはや よもやま話

うたでめでたし初詣(松里地区)

■おじいさんのトンチのきいた和歌(うた)がおもしろいお話です。
 はじまり、はじまり……。

 

むかしね、やかまし屋のジーヤンがいました。
すーぐガミガミと怒るジーヤンでした。

ある年の晩(大みそか)、アンネ(女中さん)が家中を掃除した後、
ぞうきんを床の間に置き忘れてしまいました。

元日になりました。

ジーヤンが床の間にお参りに行くと、そのぞうきんが置いて
あったものですから、もう気色悪げに「こけぞうきんをだがええたか
(ここにぞうきんを誰が置いたのか)」とアンネを叱ります。

アンネはジーヤンにあやまるのですが、「正月早々から」と言って
許してくれません。

そこへ隣のジーヤンがやってきました。

とってもトンチのよいジーヤンで「ないて元日早々怒りよいますなた
(なぜ元日早々そんなに怒っているのですか)」とたずねます。

やかまし屋のジーヤンは「こいが床の間にぞうきんば
いっちょいとっとたいえ(これが床の間にぞうきんを
置き忘れていたのですよ)、元日早々」

すると隣のジーヤンは「そら ええこと」と言うでは
ありませんか。

ジーヤンが「なしてかん」と聞くと、「床の間に 忘れしものは 
倉と金あっち福福 こっち福福」(床の間に忘れたものは
「倉(ぞう)」と「金(きん)>」。

あちらもこちらも福〈拭く〉がきます)とうたを詠み
「あんたがたは今年は銭ばっかいたい」と言うものですから、
もうやかまし屋のジーヤンは「そうたいね、うん、ほんなごて、
よかことたい」

といっぺんに機嫌がよくなりました。
そこでふたりはにこにこと新年のあいさつをかわし、お神酒を
いただき、それからそろって初詣に行くことにしました。

ところが戸口を出ると、門松にヘコ(ふんどし)が掛かっていました。

それを見たやかまし屋のジーヤンは、またまた はらかいて
「ヘコを こがんとこれ へえて(干して)!門松にヘコば干すて
あんもんか!」とかんかんに怒ります。

すると隣のジーヤンがちょっと考えて「そいはよかことたあ」
となだめます。

「なし(どうして)、ヘコを門松に干すて あんもんですか」と
せっかくよくなった気分もいっぺんに台無しです。

隣のジーヤンは「よか うた詠みのあっとの」と言って
「門松に 掛けしものは金包み さぞや今年も まわしよからん」
(門松に掛けているのは金包み。

さぞ今年も金のまわりがよいことでしょう)と詠みました。

やかまし屋のジーヤンは「ふーん、ほんなごと」と、
もうたいそう感心してしまいました。

そうしてすっかり気分がよくなったジーヤンは隣のジーヤンと
初詣に行き、めでたく正月を迎えました。

そいばっか。


■諫早史談会 川内 知子

■絵:中路 英恵さん

 

※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。


おわかりになりましたか?
私も諫早に住んで長くなりますが、よ〜く読まないと
わかりません。

わかれば面白いお話です。
トンチもよく効いています わらい (^。^/)ウフッ
posted by kazu at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | いさはや よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする